レポート記事C

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2022年8月
私は雪の降り積もる山を登っていた

登り続け8時間を超えると、
呼吸をするのも辛くなり
山の頂は途方もなく遠いものに思えた

幼い頃の8月の記憶はもう曖昧だ
強く記憶に残っているのは17歳の夏
あの暑く、若かりし日の八月

私は夢にまで見た「上海戏剧学院」への扉を開いた

卒業から10年
8月の記憶といえばあの場所、
「横店」
中国最大の撮影現場だ

毎日何十もの作品が同時に撮影され、
幾千幾万の役者が幸運が舞い降りてくることを渇望している

私もその中の1人

40度の灼熱の中、何重にもなる衣装を身につけ、
暑さで蒸せかえるカツラをつけて
全身全霊をかけて演じていた

想像などできるはずもない

20218月、その時に
それが音もなく終焉を迎えるなどとは

突如ネット上で襲いかかった暴力によって私は演劇界という舞台から引き離された

その時まで私は数え切れないほど
この言葉で自分自身を伝えてきた

「みなさん、こんにちは。私は哲翰です」
 
だが、私の関わった全ての作品が封じられ、
今までの努力も功績も跡形もなく消し去られた

この世の中で人々は誰かを知ろうとしたら、まずネットで検索をする

今、誰かが私の名前を尋ねたとしたら
私はどう答えたらよいのかわからない

ネット上には悪意に満ちた私に対する間違った情報が溢れかえり
それらは芸能界からの追放だけでなく、私の生活さえも粉々に砕いていった

哲翰」
この三文字さえ
公に見つけることは叶わない

まやかしの世界が私に汚名を被せ、
深淵へと引き摺り下ろし
ただの一歩も踏み出すことはできなかった

生まれて初めて登った雪山は
凍てつくほどに寒く、そして美しく
私に何かを語りかけてくるようだった

ああ、そうだ

ここから歩き出そう

真実の世界を
そして自分自身に出会うために

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シャングリラの八月は毎日のように雨が降る
それも午後に

眩いまでの太陽の光が降り注ぐ午前中とは様子を変え、
午後になると雨粒がしとしとと石畳を濡らしていく

この石畳の上には千年以上も昔にキャラバンが通った馬の足跡があると言われている
「独克宗古城」はその昔、「茶馬古道」にある活気あふれる街だった
そして今も尚、盛んに人が行き交ってる

私はかつてこの場所を訪れたことがあるが、前回とは違うことがある
まだ会ったことのない友人に会いに行くのだ

<演奏家の珠老と出会い、彼の演奏を聴きながら>

中華三味線を初めて見て、
そしてその音色を聴いた

楽器はいつでも私に自然と親しみを感じさせる
全ての音楽にはまるで魔法が宿っているようだ

二年前
絶望の淵から私を救い出してくれたのは音楽だった

あの時、私は毎日をじっと家で過ごしていた

外にも出ることも
誰かに会うことも
怖くてできなかった

あの日、ギターを習い始めるまでは

音楽はまるでずっと傍で寄り添い、
離れることのない友達のようだ

珠老との語り合い。音楽の話、人生のこと、自由と平和>
珠老は演奏バーを営んでいますが、最初のお店は火事によって失われ、新しいお店を再建した大変な経験があります。

廃墟から再建することは容易ではない

経験したからこそわかる
災害で失われるのはそれまでの努力の成果だけではなく
それと共に目に見えない多くのものが崩壊する

幸いにも珠老には中華三味線が共にあった
同じように私も自分の音楽に辿り着くことができた

シャングリラは「楽園」と言われているが
音楽もまた「心の中にある楽園」ではないだろうか?

ただ、近くにいてくれる

音楽があるかぎり
人生はまた新しく始められると感じる

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シャングリラの西北に向けて、走り出し

金沙江の大きな曲がり道を通ると
次に見えてくるのは梅里雪山だ

まるで伝説に描かれているように威厳に溢れ、神聖さを感じる

2023年8月はこうして始まった

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自転車に乗ることは私の長年の趣味の一つだ

21歳のときに1ヶ月近くで2000キロ走り
「ラサ」にたどり着いたことがある

今回の目的もまた「ラサ」だ

今、私は32歳になり
歳をとった

だけど、わからないことがある

この世界で一体何が起きたのだろうか

山から風が吹き
道はぬかるみ、泥が跳ねる

それら全てが長い間忘れかけていた現実感を私に教えてくれる

疲労もあるかもしれないが
こうして走り出してから
私は毎晩ぐっすりと眠ることができた

朝、目が覚めると
まるで仙界に迷い込んだような場所にたどり着いていた

霧に包まれたこの村は「秋那桶」という

村に入る道は一本しかない
この道を進んでいくと
心がふと軽くなった

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<村での若い兄弟と出会いと語り合い>
*彼らの夢はお兄さんは大学でバスケットチームに入ること
弟さんは建築士になること
瀚瀚はプロも驚くぐらいバスケが上手で有名な俳優さんです。
そんな彼がバスケを兄弟に教える一幕もあります。

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彼らを見ながら何年も前の自分に会っている感覚に陥った

中学の頃の話だ
家の近くにはバスケットコートがあった
みんなが帰り、灯りが私だけを照らしている中、影を追いながら練習をしていたあの頃

私は江西省で最も小さな地域である新余市に住み
遥か遠く遠くにある夢を見ていた


バスケットボールの夢だけではない、
俳優、
歌手、
そして舞台に立つ、その夢を

今思い返すと
私はとても運に恵まれていたのだと思う

この夢は一つ一つ、叶えられたのだから


2人を追って、秘密基地にやってきた
幼い頃のたくさんの思い出が蘇ってくる

一緒に遊んだ仲間だけしか知らない
多くの秘密があった

汚れなく純粋で、
そして恐れを知らないあの頃
がむしゃらに走り回り、何も怖くなかった
どんなことでもやってみようと思った

なんて懐かしいのだろう


私が彼らにできることには限りがある
基本的なルールを教えること、
そして心から応援すること
それが少しでも彼らの力になることを願う

そしていつか
大切に育ったその夢が祝福され
運命さえも味方してくれることを願っている


「夢」 誰もがそれに思いを馳せる

こんなにも惹かれるのは、
美しいだけでなく、遥か遠くにあるからかもしれない


何千キロも離れた遠い場所
十年後の遥か先の未来

それはまるで前方で光さす灯台のように
一生という旅路を照らしてくれてくれる存在なのかもしれない

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秋那桶を出発して二日
察隅から西へと入った

出発前、行程を決めている時に
危険な道が見つかった
だが、その道は唯一無二の景色を
見ることができる場所だった

私は一片の迷いもなくその道を選んだ

危険と美しい景色は同時に存在する

それが世界のことわりなのだ


耳を澄まして風の音を聴き
山、川の息吹を感じる
そして自分の内なる心と対話する


自転車に乗ることが好きかと聞かれれば
もちろん好きだ

けれど、なぜ好きなのかと聞かれると
はっきりとした答えを出すことはできない

ただ、知っている

両足をペダルに乗せ、
漕ぎ続ければ真っ直ぐに前へと進み
そして目的地に辿り着くことが
できることを

暗闇の底にいた八月から
一つの疑問を初めて持った

努力すれば必ず目標に辿り着ける
というのは本当なのかと

けれど心の中で感じている

少なくとも自転車は
その目標を叶えてくれるのだと

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チベットでの最初の目的は
氷山を見ることだ

高原の雨季も終わりが近づいてきた

昔ながらの遊牧民は牛や羊と共に
移動しながら生活をし、
今、彼らはここにテントを張っている


この草原が生命の豊かさを物語っている

今が西藏で一年の中で一番あたたかな月だ
氷河を目的にする人々にとって
この気候が最適と言える

私たちは「仁巴冰川」に行く計画を立てた

そして調べていた時に「仁巴冰川」はまだ開発の少ない場所だと知った
他の場所よりも訪れる人は少ないそうだ


巴の麓にたどり着いた

既に海抜は4500mを超え、
数キロメートルにもわたって
それはどこまでも続く

長く続く氷舌の上を登っていくと、
歩いて中に入れると言われている

一年前、雪山を登っている時、
今回の旅では本物の氷河に
触れてみたいと思った

ある目標を叶えるために
何度も向かわなければいけないように

見えているものと
実際に辿り着けるまでは隔たりがある

努力だけでは解決しないことがあるのだ

旅の最初からわかっていたが
八月のチベットは過ごしやすい気温
ではあるが、突然の雨もよく降る


氷河には近づいてきているのに
無情にも突然、雹が天をから降り注いだ

天気は回復していない
「仁巴」を一旦諦めるしかなかった



行程を調整し、「然」の宿へと戻る


夜になると気温が一気に下がり
寒さが骨身に染みてくる

心さえも鬱々としてきた

翌日の朝
再び走り始めると
道中、虹が現れた

目的地は近くで新しく発見された氷河に変更となった
そこは新しい場所なの、ガイドが必要となる

珠さんのお兄さんは氷河のガイドだ

彼の助けによって私の希望が全て叶えられることを期待している
(しかし、氷河に向かうための橋が壊れてしまい、進むことができず、大掛かりの修理を目の当たりにすることとなった)

橋の修理がいつ終わるのかは分からず
天候も予測できない

この旅は不確定要素に満たされている

人はこのようなことに直面し、学んでいく
無力でどにもならない時があることを

橋の修理工事は未だ続いている
計画はまた崩された

珠兄弟のアドバイスで
3つ目の目的地を決め、

彼らと共に「来古氷河」に向かうこととなった
そこはチベット最大の氷河群である

旅の旅程を考えると
これが氷河を探しに行ける最後の日だ

<遂に念願の来古氷河に辿り着いた。海抜は実に4200m
1000年前の氷が今もなお残っている氷河を感じながらの語り>

努力すれば必ず報われるというのは本当だろうか?

まだ答えを出すことはできない

私たちは目標の軌道修正を迫られる時があまりにも多い

役者としてのキャリアを止めざるを得なくなった後、
私は曲を書き、歌うことに打ち込み始めた

私はこの先もずっと、
どの道に於いても全力を尽くしたいと思っている

たとえ、先が見えず、
道のりが厳しかったとしても

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海抜4500m強の高さから降りてくると
次に辿り着くのは1200m地点の「墨脱」だ

ここでは地上のあらゆる気候を感じ、
あらゆる種類の植物を見ることができる

チベットの言葉で「墨脱」は
「隠れた蓮の花」という

この神秘的な蓮の花を見るために
寄り道をした


一千年前の氷河から亜熱帯の森へ
3000mの高さから落下している感覚だ

酸素が体に行き渡り、
まるで酔っているように心地が良い


ほんの1日前は広大で開けた風景の中にいた

今は手の届く場所に草木がある

<墨脱の森林を歩きながら>

私はいつも自然と触れ合いたいと思っている

けれど、未だかつて
深い場所に足を踏み入れたことはなかった

この角度から森林を見るのは初めてだった

1日の大半、森を歩きながら過ごすと
心はだんだんと穏やかになった

急ぐことはない
歩き、時に立ち止まり

顔を上げ、木々たちを眺め

目線を下に向け、
名も知らない小さな花を愛でる


この2年間、
谷底で必死に踠いていた経験が
私に教えてくれたことがある

「心の安寧を探すこと」

この混沌の世界の中において
最も難しいことだ

けれど、もしそんな安寧を
手にいれることができたのならば

自分自身にその力が
あるということなのだろう

八月の「墨脱」は
ただ普通のひと月だ


色とりどりの花が咲き誇る時期でもなく

動物たちが最も活動的な時期でもない


けれど、
私はこの「墨脱」で
一番大切なものに出会えた


この例えようのない
混沌とした浮き沈みの激しい経験の後、


心の穏やかさを取り戻すことが
一番必要だったのだと

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氷河を渡り、森林とも別れを告げ
人びとの気配と騒がしさが恋しくなり始めた

墨脱を出ると深い霧に覆われた

この旅では巡り合う出来事の記録に
多くの時間をかけるため、
全ての行程を自転車に乗ったわけではない

私は多様な方法で様々な道のりを経験し、
多種多様の世界を見て、
そして色々な人々に出会いたいと思ったのだ

「通麦」は川藏の高速道路沿いにある小さな町だ

ここで人びとは休息をとる
この町にサイクリング愛好者の間で有名な場所があると聞いた

ここに違いない

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<とてもパワフルなお店の女将さん、向大姐さんとの交流
料理のお手伝いをしながらお話も>

実は21歳の八月にもここを通り過ぎていた
そして、その時すでに向大姐さんのお店はここにあった

けれど、若い時はただただ目的地に着くことだけを考え、
道中で出会った人びとや出来事には深く関わらずに先に進んでいた

もし、その時に向大姐さんに出会っていたとしても
こんな風に座ってゆっくり話すことはなかっただろう

<お手伝いを終えて、向大姐さんと向かい合いながらの楽しい会話>

向大姐さんと話をしていると
1人の人を相手にしているのではなく、
まるでこの道で行き交うたくさんの旅人を
相手にしているような感覚に陥る

そして時に、私の思考は彼女の会話の速さについていけなくなる

だけど、それがなんだ?

彼女の幸せを感じられるのが心地良い
それでいい

ここを行き交う人びとは自分たちの人生の物語を彼女へと託し、
そして彼らもまた彼女の話を受け取る
それらの物語が向大姐さんの心を満たしていく

そのことが彼女のあたたかさと優しさに
自然と現れるのだろう

こんな風になんの遠慮もなく私に心を開いてくれる人に会うのは久しぶりだ
もちろん秘密はしっかりと守る

ただそれ以上に、
人から信頼されることがこんなにも幸せなことなのだと、
感じさせてくれた

向大姐さんを前にすると
私はただの「私」でいられた

おしゃべりを楽しみ、
笑いあい、
日々を愛おしむ

その「私」こそが、
戻りたい「私」なのだ

ずっと考えていた
この旅に名前をつけるとしたらなんと呼ぶべきかと

その答えが突然舞い降りた

「私の八月」だ

偽りのない人びとと出会い、新たに踏み出した
「2023年の8月」

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「通麦」はかつて「川藏南线」の中で最も危険な場所だった
11年前に走った時はこんな綺麗な橋はなかった

元々の道は凹凸が激しく、亀裂だらけの危険な道だったのだ

けれど、その時は若く、無くすものなど何もなかった
だからこそ、「怖い」という感覚など持ち合わせていなかった

自分の中にあったのはただ目の前に広がる未来だけだった

出発してから10日ほどで
国道318号に戻ってきた

だんだんと自転車で行き交う人が多くなってくる

道の上では
私が誰であるのか
私の名前がなんであるのか
そんなことは全く重要ではない

ただ彼らに出会い、
そして彼らが私に出会う

それが全てなのだ

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巴松措はラサへの最後の中継地だ
その地で私たちはラフティングセンターに滞在した

ここへの道すがら、一つの伝説を耳にした
巴松措の湖の真ん中には島が浮かんでいるが
その島と湖の底は繋がっていない
つまり、根のない島がゆらゆらと湖に浮かんでいるのだと

ラフティングセンターのオーナーと仲良くなり、
彼らもその島のような生活を自ら選んでいるのだと気づいた

流虻さんは广の人で
多啦さんは重の人だ

彼らはかつて、雲南省やチベットの多くの場所を行き来していた。
そう、彼らのラブストーリーは自転車の旅から始まった
自転車の旅の途中で恋に落ちることは珍しい話ではないが
その後10年以上も一緒に過ごすことは珍しい

そして今もなお、彼らはお互いへの感謝と理解を持ち続けている
彼らの思い合う心に触れて私は感動した

けれどそれ以上に
人生には数えきれない可能性があることを私に証明してくれた
そのことに深い感銘を受けた

7歳の达达はお父さんとお母さんと一緒に色々な場所に行った
放課後はよくラフティングセンターで遊び呆けることが多く、
お母さんに連れられて街のピアノレッスンにも通っている
山と街を行ったり来たりだ

アウトドアに魅了され、流虻さんと多啦さんは相次いで安定していた仕事を辞めた

この道の先に何があるかはわからない
けれど彼らはこんな風に人生の軌跡を一変させたのだ

私が再び歩き始めようと決めた時
何が待っているかはわからなかった

歩き続けることに一体何の意味があるのか
けれど私は気づいた
出発していなかったらきっと後悔していただろうことを

流虻さんは初めてラサに辿り着いた時、天国を感じた
それはまるで手の届かない夢のような

2回目に彼はそれが路地だと気づいた
人々の生活の息遣いがそこには満ち溢れていた

3回目にラサに辿り着いた時、彼はここはまるで銭湯のようだと感じたそうだ

人々が暮らす喧騒の向こうにはまだ多くの光がある
人の心の中にある汚れを洗い流してくれるようだ

この旅で出会った一人一人に
悲しみ、喜び、悩みや憧れがあり
そしてそれぞれが自分自身の光を求めている

旅は終わりに近づいてきた
これはある意味ありふれた普通の旅だったのかもしれない

だが、私にとってはとても意味のあるものだ

「ラサ」
私は再びこの地に辿り着いた

私たちは一生、答えを探し続けているのかもしれない

雪山で氷河に
草原で牛や羊たちに
そして身も知らぬ人々に出会った

それら全ては自分自身に出会うためだった


2021年8月のあの時、
私はまるでブラックホールに飲み込まれている感覚でいた

それからの八月は永遠に消えない傷のようだ

この絶え間ない痛みがいつ終わるのか、

そして一体いつになったら
今まで通りの仕事と生活に戻れるのかわからない

しかし、やっと人混みの中に戻り

多くの人と挨拶を交わし、
握手をし、
抱き合い

自分自身の名前を何度も何度も口に出せた

無限に広がる世界の中で
人は疲れ果て、
思い通りに動けず、
時に後悔し、驚く

一日三度食事をし、些細なことで笑い合う
兄弟、夢、そして愛情

その全てが存在する

それこそが私が進み続ける理由なのだ

「ラサ」は到達地ではない
到着した瞬間にそれは始まりとなる

八月が終わろうとしている

八月はこれからも変わらずにやってくる

私はまだ旅の途中にいる